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ヘッセ「知と愛」一生に一度出会えるかどうか級の名作|あらすじや感想を紹介

ヘッセ「知と愛」一生に一度出会えるかどうか級の名作|あらすじや感想を紹介 読んだこれ記録

ヘルマン・ヘッセ、1930年の作品「知と愛」。

「車輪の下」「春の嵐」に続き、8年ぶりくらいに読んだヘッセ3冊目。

ヘルマン・ヘッセ「知と愛」は、”知”を象徴するナルチスと、”愛”を象徴するゴルとムントの交流、ゴルトムントの旅の記録から成る物語です。

今回は、ヘッセ「知と愛」のあらすじや感想、名言をまとめていきますので、興味のある方は参考にしてください。

※ネタバレを含みますので、未読の場合はネタバレが許容できる方のみご覧ください。

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ヘッセ「知と愛」あらすじ

ヘッセ「知と愛」あらすじ

ヘルマン・ヘッセの「知と愛」(原題:Narziss und Goldmund.)のあらすじは、以下のとおりです。

  • マリアブロン修道院に入ったゴルトムントが助教師のナルチスと出会う。ナルチスがゴルとムントは僧職など精神の人ではなく、芸術家の天分があることを示す
  • ゴルトムントはマリアブロン修道院を離れ、放浪の旅に出る。道中で多くの女性と出会い、とある町で親方に付いて彫刻家を目指すべく修行する
  • 再び、ゴルとムントは放浪の旅に出かけ、ペストの脅威に見舞われた家・集落を間近に見る
  • ゴルトムントはある町で窃盗(本当は不貞行為)で殺されかける
  • ゴルトムントは殺されそうになるが、ナルチスと再会・助けられてマリアブロン修道院に彫刻家として戻る
  • ゴルとムントはマリアブロン修道院で作品を制作し、周囲に認められるが、放浪と自由を求めて再度旅に出かける
  • 旅を切り上げてマリアブロン修道院に戻ったゴルトムントは瀕死の状態で、ナルチスに見守られながら最期を遂げる

あらすじをまとめてみると、「一体どんな要素で私は泣いたんだ」と不思議でしかたない。

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ヘッセ「知と愛」感想|一生に一度出会えるかどうか級の名作

ヘッセ「知と愛」感想|一生に一度出会えるかどうか級の名作
項目内容
面白さ★ ★ ★ ☆ ☆
読みやすさ★ ★ ★ ☆ ☆
忍耐度★ ★ ★ ★ ★
初心者おすすめ度★ ★ ☆ ☆ ☆
ページ数496ページ
見どころ・ゴルトムントの「死」に対する興味
・1人の人間を分けたようなゴルトムントとナルチス
・人生のあらゆる悲しさ還元濃縮
※ページ数は新潮社の作品ページを参考

ヘルマン・ヘッセの「知と愛」は、基本的には読みやすく、終盤は非常に面白い作品です。

ただし、描写的な文章が多く比較的文字びっしりで、ストーリーの展開が緩やかなため、個人的には読むのに時間がかかりました(余裕で3ヶ月くらいほったらかした…)。

最後まで読んで「一生に一度出会えるかどうか級の名作」となったわけですが、見どころを以下にまとめていきます。

ゴルトムントの「死」に対する興味

ヘッセの「知と愛」では、主人公のゴルトムントが「死」に対して超フラットな興味を持っているのが面白い点。

「死にたい」でもなければ「殺したい」でもない…だと?新手(違う)の主人公か、と。

文学作品において「死」に対する興味といえば、大抵「死にたい」ほうですが、基本的にゴルトムントにはそんな感情はなく、本当に新鮮です。

たとえば、自身の恋人が死にゆく様やペストによって死んだ一家の様子を、つぶさに「観察」するといった感じ。

作品終盤でゴルトムントの「死」に対する考え方が明らかになるものの、そこまでが長い…それもまた醍醐味なのだけど、なかなかの小旅行感があります。

1人の人間を分けたようなゴルトムントとナルチス

ヘッセの「知と愛」は「”知”を象徴するナルチスと、”愛”を象徴するゴルとムントの交流」を描いており、2人は1人の人間が持っている「理性」と「感性」を分けたような性質を持っています。

ナルチスはゴルとムントのことを導くし助けるしで、正反対の性質を持つ2人は相容れないのではなく、本当に1人の人間が分かれたようだな、と。

結局、ナルチスとゴルとムントは別々の人間・別々の道を歩んでいるので、同じエンディングを選べず、これがまた非常に切ない。

最後はやはり半身を持っていかれたような痛烈な悲しみが残り、忘れられない作品となりました。

人生のあらゆる悲しさ還元濃縮

ヘッセの「知と愛」にはさまざまな人生の悲しさが描かれており、結果読み終わりの嗚咽が止まりませんでした。

ただの情緒不安定なのかもしれないのは、否めない。

作中で描かれる「老いて男性として見られない悲しさ」「会わない期間の長かった友だちとの隔たり」「緊急事態の人間の醜悪さ」などなど、もう悲しさしかない。

読み手の年齢もあるかと思いますが、個人的には心に刺さるものしかなかった…特に新型コロナウィルスの流行を経験し、ペストの状況に共感できる点も大きかったと思います。

ただ、読み終わりの嗚咽には悲しさだけじゃない、感動でもない”謎”な感覚もありました。

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\\ヘッセの「知と愛」が気になった方は、こちらをチェック!//

ヘッセ「知と愛」を読んだ経緯

ヘッセ「知と愛」を読んだ経緯

ヘッセは、個人的には特別な作家の1人です。

5年ほど前に亡くなった父は読書が好きで、私が高校生のときに「おすすめの本はある?」と聞いたところ「車輪の下」を薦められたのがヘッセとの出会いでした。

そんなヘッセですので、本棚の積読エリアには1冊くらい置いてあります。

「知と愛」を選んだ理由は特になく、積読として寝かせておいたので「読んでみるか」程度でスタート。

日頃純文学や海外文学を読んでいても、正直ここまでつまらなく、ここまで最後に嗚咽させられる作品もなく、本当に「一生に一度出会えるかどうか級の名作」でした。

年1作品読む作家として決めているのはドストエフスキーぐらいでしたが、めでたくヘッセも加わり、また積読が増えるのです。

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まとめ

ヘッセ「知と愛」まとめ

ヘルマン・ヘッセの1930年の作品「知と愛」について、あらすじや感想を紹介しました。

展開が緩やかなので読むのに時間がかかるケースもありますが、一生に一度出会えるかどうか級の名作なので、読むかどうか迷っている方はぜひ挑戦してみてください。

今回の記事を、読書ライフを満喫する参考にしてください。

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