「有島武郎の或る女を読みたいけど、内容が分からなくてなかなか手を出せない」という方も多いでしょう。
圧巻の文章表現と物量で、圧倒的に面白い!
名作だとは分かっていても読破するのにはかなりの時間を要することから、先に面白いか知っておきたいのが忙しい現代人の本音です。
そこで今回は、有島武郎の「或る女」のあらすじを解説します。
作中の名言やモデルになった女性、有島武郎の代表作についても紹介するので、参考にしてください。
有島武郎「或る女」のあらすじ
有島武郎「或る女」について、以下を紹介します。
物語の最後まで知りたい場合には、結末部分までチェックしてください。
「或る女」の概要
「或る女」は、1911年から雑誌「白樺」に連載された有島武郎による長編小説です。
雑誌には前半のみ掲載し、1919年に「有島武郎著作集」に前後編を掲載。
当初は「或る女のグリンプス」という題名だったものを「或る女」に改題し、主人公の名前も「早月田鶴子」から「早月葉子」へと改まりました。
グリンプスとは、「一瞥(いちべつ)すること」や「印象」を意味します。
確認できる限りで3社から書籍が発行されており、以下の通りです(※それぞれの公式ページへリンクしています)。
今回は、中古で購入した新潮社の「日本文學全集・有島武郎集」を読みました。
中古本あるあるだと思いますが、「330円…?いつの物価だ…?」となります。
出版社 | 新潮社 |
題名/著者 | 或る女/有島武郎 |
訳 | ー |
ページ数 | 395ページ |
全集は上下2段構成なのでページ数が395ページとなっていますが、新潮社の文庫版だと752ページです。
なお、1954年には豊田四郎によって映画として映像化されており、有島武郎の息子・森雅之が倉地役として出演しています。
その後は、1962年と1964年にテレビドラマ化し、鳳八千代や丹波哲郎などが出演しました。
「或る女」のあらすじ
主人公・早月葉子は、アメリカ在住の実業家・木村と結婚するため、妹や親戚、木村の友人・古藤に別れを告げて渡米するところから物語が始まります。
葉子は恋多き美女で、かつて木部という男性と結婚し、子どもを産んだ経験がありました。
それ以降の場面展開は、以下の通りです。
- アメリカに向かう船の中で気弱で弟的な存在・岡や上流階級の田川夫人などさまざまな人に出会い、野生的な魅力を持つ船の事務長・倉地に心惹かれる
- 葉子はアメリカに到着するも体調不良と嘘をついて木村とは結婚せず、倉地と日本に引き返すことを決意する
- 倉地には妻子がいるものの、葉子は日本に帰国後に倉地と一緒に暮らすことになる
- 田川夫人の策略により葉子と倉地の仲が新聞に公表されてしまい、倉地は失業、葉子は親戚と絶縁状態になる
- 葉子は木村からお金を引き出しつつ、倉地が国の機密情報を外国に流して資金を得ていることを知り、自分のために落ちるところまで落ちた倉地に愛を感じる
- 妹2人を呼び寄せて一緒に生活するも、葉子は倉地・岡・古藤からの注目や気持ちが妹に移っていると危惧し始め、日に日に美しくなる妹へ嫉妬を感じていく
- 妹・貞世が腸チフスにかかり、葉子や妹・愛子、岡と看病することになり、次第に葉子の妄想や錯乱がひどくなっていく…
結末については次の章で紹介するので、最後まで知りたい方はチェックしてみてください。
「或る女」の結末【ネタバレあり】
「或る女」の結末は、以下の通りです(クリック・タップで広げてください)。
- 看病している間に葉子の婦人科系の病気が悪化し、貞世とは別の病院に入院する
- 岡や妹・愛子が見舞いに来なくなり、倉地も機密情報を漏らしていたことが発覚して失踪する
- 葉子は手術を受けるが、術後数日で容体が急変し、古藤を呼び寄せて依頼をする
- 結末:古藤への頼み事はなかなか果たされず、葉子は病床で「痛い痛い痛い…痛い」と叫びながら物語は幕を閉じる
何しろ清々しい程に救いがないラストは、過去に類を見ないレベルです。
私の中で1番のバッドエンドは、「登場人物が消えること」か「問題が解決しない」だと思っていたのですが、「最期が与えられない」という項目が追加されたことをご報告しておきます。
バッドエンドが大好物の私でも、そう…ちょっと引いた。
一体どんなメンタルでこのラストを描いたのだろうと思うと、有島武郎のことが心配になりました。
▼バッドエンド好きの方には、こちらもおすすめ。
有島武郎「或る女」のレビュー・おすすめ度
面白さ | ★ ★ ★ ★ ★ |
読みやすさ | ★ ★ ★ ☆ ☆ |
忍耐度 | ★ ★ ★ ☆ ☆ |
初心者おすすめ度 | ★ ★ ☆ ☆ ☆ |
見どころ | ・老いへの恐怖など女性特有の気持ちへの共感が半端じゃない ・ワクワクの止まらない圧倒的な「落ち様」 ・「救いのなさ」と「孤独」が段違い |
主人公・葉子の気持ちや姿の変わる過程が非常に面白く、日本に引き返すあたりからはあっという間に読めるのですが、何しろ物語が長くて時間がかかるので、純文学の長編を読んだことのある方におすすめです。
私は中古で読んだので、旧字・旧かなだったため読みづらさがありましたが、現在発行されている書籍であれば、問題なく読めるでしょう。
見どころポイント①女性特有の気持ちへの共感が半端じゃない
美貌によりさまざまな男を引き寄せてきた葉子は、月日を追うごとに妹の若さが輝くのを感じ、恐怖・嫉妬する様は共感しかありませんでした。
葉子の恐怖や嫉妬は度が過ぎているものの、一定の年齢の過ぎた女性であれば思わず唸るでしょう。
例えば、以下のような一節があります。
若さから置いて行かれる……そうした淋しみが嫉妬に代ってひしひしと葉子を襲って来た。
有島武郎「或る女」
作品自体は100年以上前に書かれていますが、古今東西人の根本的な悩みは変わらないものかもしれません。
見どころポイント②ワクワクの止まらない圧倒的な「落ち様」
物語の進行とともに葉子・倉地は落ちるところまで落ちていき、不安になるというよりは「どこまで行くんだ?」とワクワクの止まらない展開。
機密情報を売っている倉地の落ちぶりも見事ですが、それを知った葉子の気持ちも落ち切っている女ならではでの心境で、以下の通りでした。
然し最後に落ち着いたのは、その深みに倉地を殊更突き落として見たい悪魔的な誘惑だった。……倉地が自分の為にどれ程の堕落でも汚辱でも甘んじて犯すか、それをさせて見て、満足しても満足し切らない自分の心の不足を満たしたかった。
有島武郎「或る女」
「突き落としてみたいって、ええ!?」とページをめくる手がわなわな震える訳です。
さらに葉子は生活のために、愛してもいない木村からお金を受け取り続けており、2人の落ち方がいっそ清々しく感じらます。
見どころポイント③「救いのなさ」と「孤独」が段違い
年間を通して純文学を読むことが多いですが、その中でも「或る女」のラストの「救いのなさ」はピカイチ。
結末を知りたい方は、「或る女」の結末【ネタバレあり】をチェックしてください。
また、葉子が常日頃感じている孤独も見どころの1つです。
例えば、作中には以下のような文章があります。
凡てに躓(つまず)いて、凡てに見限られて、凡てを見限ろうとする、苦しみぬいた一つの魂が、虚無の世界の幻の中から消えて行くのだ。そこには何の未練も執着もない。嬉しかった事も、悲しかった事も、悲しんだ事も、苦しんだ事も、畢竟は水の上に浮いた泡がまたはじけて水に返るようなものだ。……生きると云う事それ自身が幻影でなくて何であろう。
有島武郎「或る女」
終盤に出てくる一説で、「そうか、とうとう生きていることが幻影になったのか」と思わず感心。
葉子は自由奔放で自分の欲に正直な女性ですが、両親のいない中で強く生きるしか方法がなく、かつ友人と呼べる人もいない境遇でそうならざるを得なかったともいえます。
自身が抱いてきた感情全てに意味がなく、世界から消えて行く気持ちはもはや想像できず、やっぱり有島武郎のメンタルが心配になりました。
「或る女」はページ数は多いものの、読書好きや文学好きなら一度は読むべき作品だと思います。
▼「救いのない展開でワクワクしたい!」「女の闇でゾクゾクしたい!」という方は、コチラをチェック。
有島武郎「或る女」のモデルになった女性
有島武郎の「或る女」のモデルになった女性は、佐々城信子だとされています。
その他の登場人物とモデルの人物は、以下の通りです。
- 木部孤笻 → 国木田独歩
- 倉地三吉 → 武井勘三郎
- 古藤義一 → 有島武郎
- 木村貞一 → 森広
- 内田 → 内村鑑三
佐々城信子は国木田独歩の最初の妻で、結婚わずか半年程度で国木田のもとを去っています。
人物の相関関係だけではなく、「或る女」の物語と「佐々城信子」の人生も似通う点が多くあり、以下の通りです。
- 離婚後に、佐々城信子は国木田独歩の子どもを出産する
- 佐々城信子はアメリカにいる森と結婚するつもりで渡米するも、船の中で妻子がある身の上だった武井と恋に落ちる
- アメリカには渡らず日本へ戻ってくると、船での出来事を新聞に掲載される
- 妹が病にかかり、看病にあたる
ただし、早月葉子は若くして病気に苦しんでいますが、佐々城信子は71歳まで元気に暮らしています。
「文豪ストレイドッグス」にも佐々城信子は登場しており、国木田独歩の理想の女性像に対して信子が「これは無いです」と言っていたのは、こういうことかと。
有島武郎の代表作
有島武郎の代表作は、以下の通りです。
有島武郎は作品数が多い作家ではありませんが、「或る女」をはじめとして「カインの末裔」や「生れ出づる悩み」など認知度の高い作品が数多くあります。
デビュー作は1910年の「かんかん虫」から、未完となった1922年の「星座」まで執筆の活動期間は、たったの12年。
才能がこの短期間に出し尽くされたかと思うと…やっぱり有島武郎のメンタルが心配になります。
▼「有島武郎を読んでみたい」という方は、コチラをチェック。
まとめ
「或る女」は、1911年から雑誌「白樺」に連載された有島武郎による長編小説です。
主人公・葉子の気持ちや姿の変わる過程が非常に面白いですが、文庫版で約750ページあるので、読み切るのにかなりの時間を必要とします。
「或る女」の見どころは、以下の通りです。
- 女性特有の気持ちへの共感が半端じゃない
- ワクワクの止まらない圧倒的な「落ち様」
- 「救いのなさ」と「孤独」が段違い
今回の記事を参考に、ぜひ有島武郎の「或る女」に挑戦してみてください。
コメント