日ごろから読書をする方であれば「純文学と大衆文学の違いとは?」と一度は気になるもの。
かくいう私も一時期までは文学は純文学の省略形だと勘違いしていました。
結論、「純文学」は芸術性を重視した小説、「大衆文学」は娯楽性を主眼にした小説のことです。
また、「文学」とした場合には言語による芸術作品全般のことを指し、違いを知っていないと使い分けるのが難しいでしょう。
そこで今回は、純文学と大衆文学の違いについて紹介します。芥川賞と直木賞の相違点も解説するので、ぜひ参考にしてください。
純文学と大衆文学の違い
純文学は「芸術性を重視している」、大衆文学は「娯楽性に主眼を置いている」という特徴の違いがあり、その他の違いは以下の通りです。
純文学 | 大衆文学 | |
---|---|---|
特徴 | 芸術性を重視している | 娯楽性に主眼を置いている |
目線 | 作者の純粋な芸術意識 | 人々を楽しませる |
結末 | ハッピーエンドは望めない(特に古典) 結論がない可能性がある | 比較的しっかり結末が描かれる |
対局に位置するように見える「純文学」と「大衆文学」ですが、「両立する」「区別する必要がない」などの意見もあります。
大衆文学には、時代小説・推理小説・SF小説などさまざまなジャンルが含まれているのが特徴です。大衆文学はヒット映画の原作になることも多いですね。
純文学の「芸術性を重視している」という部分に、ピンとこない方もいるでしょう。例として、夏目漱石「明暗」の一部を紹介します。
靄(もや)とも夜の色とも片付かないものの中にぼんやり描き出された町の様はまるで寂寞たる夢であった。自分の四辺にちらちらする弱い電燈の光と、その光の届かない先に横たわる大きな闇の姿を見較べた時の津田には慥かに夢という感じが起った。
夏目漱石「明暗」
読んだときは「景色をこんなに静かな夢に例える人なんているのか…」と震えたもの。漱石は植物や空の表現も魅力ですね。
また、結末にも大きな違いがあります。純文学は、結末らしい結末がなかったり、バッドエンドを迎えたりするのは、時代にもよりますが割と当たり前です。
「バッドエンド…?」と震える方もいるでしょう。しかし、暗黒展開も純文学の大きな魅力の1つです。
▼純文学のバッドエンド作品をまとめた記事は、こちら。
単純に「文学」と括った場合
「文学」とは言語による芸術作品全般のことを意味しており、以下のジャンルが含まれます。
さらに詳細に分類すると、以下の通りです。純文学や大衆文学は小説の分類に当てはまることがわかります。
「文学」と言うと幅が広いため、しっかりと伝えたい場合には「純文学」や「脚本」と言い表したほうが誤解がありません。
個人的には確かに「純文学が好き」なのですが、戯曲もエッセイもルポルタージュも詩も読むから「文学が好き」でも間違いがない気がしてきました。
純文学の初心者向けおすすめ作品
結論、純文学はまず高校の現代文で習った作品を読み直すところから始めるのがおすすめです。
一度は読んだことがある作品であれば、比較的取り組みやすく、最後まで読めるでしょう。
教科書や年代によっても異なりますが、よく扱われる作品は以下の通りです。
「羅生門」などは短編小説で、時間をかけずに読めるのがポイント。また、短編集を購入する場合には、収録されている他の作品にも触れられます。
高校はもちろんですが、太宰治の「走れメロス」など中学のときに学んだ作品もありです。
また、最初から海外文学に挑戦するのはおすすめできません。
向き不向きもありますが、話の展開に起伏がない上に、訳が分かりづらかったり、抽象的な概念が出てきたりすると読み続けるのが難しい場合があります。
私が何度ヘッセの「車輪の下」を諦めたことか…!
私も最初は、夏目漱石「こころ」や太宰治「人間失格」あたりからスタートしました。
読み始めるとどんどん知的欲求が高まっていくので、自然と難しい本にも挑戦するようになるでしょう。
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参考元:
三省堂|高校国語教科書 出典一覧(現代文)
奈良県立図書情報館|「教科書に載っている本~中学校の国語の教科書~」図書リスト
純文学と大衆文学の線引きはどこ?
純文学は「芸術性を重視している」、大衆文学は「娯楽性に主眼を置いている」という明確な違いはあるものの、その境界線や線引きは非常に曖昧です。
ドストエフスキーやバルザックのように文章の芸術性が非常に高いが、エンタメ性に富んでいる作家もいます。
場面展開に乏しく、ただの芸術性のみしかない文章であったなら、数百年も読み継がれないでしょう。
逆に、エンタメ性がありながらも、芸術性を併せ持つ作家も。
個人的にはロス・マクドナルドは純文学を楽しむように読める作家の1人です。例えば、ロス・マクドナルドの「さむけ」には、以下のような文章があります。
青年はうなずいたが、ほとんどわたしの姿は目に入らないようだった。依然として自分の内側を見つめる目つきである。この夜までは夢想だにしなかった深淵をのぞきこむ目つき。
ロス・マクドナルド「さむけ」
「だれか探していらっしゃるの?」と、女は言った。
ロス・マクドナルド「さむけ」
「いや、待ってるだけです」
「レフティを、それともゴドーを?おなじ待つでも大ちがいよ」
随所に気の利いた表現が散りばめられており、推理小説で片付けるのはもったいないといつも思っています。
また、「芸術性」の定義も人それぞれで共通項を見出すのは難しいところです。
感覚値ですが、芸術性が高く、かつ人間の苦悩や内面に深く根ざしている作品を純文学と呼ぶのだと考えています。
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芥川賞と直木賞の違い
芥川賞と直木賞の違いは、以下の通りです。
芥川賞 | 直木賞 | |
---|---|---|
ジャンル | 純文学 | エンターテインメント作品 |
正式名称 | 芥川龍之介賞 | 直木三十五賞 |
作家のキャリア | 新進作家 | 新進・中堅作家 |
対象 | 雑誌に掲載された中・短編作品 | 単行本(長編または短編集) |
掲載誌 | 文藝春秋 | オール読物 |
芥川賞は純文学、直木賞はエンターテイメント作品つまり大衆文学を対象としています。
芥川賞と直木賞にダブルノミネートされるケースは稀にありますが、ダブル受賞した例は過去にありません。
また、受賞作なしとなる場合もあり、必ずしも受賞者が出るとは限らないのも特徴です。
対象となるジャンルや作家のキャリアが異なるため、どちらが格上ということもありません。
芥川賞と直木賞の受賞者一覧|直近20回
直近10年の芥川賞と直木賞の受賞者と作品一覧は、以下の通りです。
回/年 | 芥川賞 | 直木賞 |
---|---|---|
170回/2023年 | 東京都同情塔(九段理江) | ともぐい(河﨑秋子) 八月の御所グラウンド(万城目学) |
169回/2023年 | ハンチバック (市川沙央) | 極楽征夷大将軍(垣根涼介) 木挽町のあだ討ち(永井紗耶子) |
168回/2022年 | この世の喜びよ(井戸川射子) 荒地の家族(佐藤厚志) | 地図と拳(小川哲) しろがねの葉(千早茜) |
167回/2022年 | おいしいごはんが食べられますように(高瀬隼子) | 夜に星を放つ(窪美澄) |
166回/2021年 | ブラックボックス(砂川文次) | 塞王の楯(今村翔吾) 黒牢城(米澤穂信) |
165回/2021年 | 貝に続く場所にて(石沢麻依) 彼岸花が咲く島(李琴峰) | テスカトリポカ(佐藤究) 星落ちて、なお(澤田瞳子) |
164回/2020年 | 推し、燃ゆ(宇佐見りん) | 心淋し川(西條奈加) |
163回/2020年 | 首里の馬(高山羽根子) 破局(遠野遥) | 少年と犬(馳星周) |
162回/2019年 | 背高泡立草(古川真人) | 熱源(川越宗一) |
161回/2019年 | むらさきのスカートの女(今村夏子) | 渦 妹背山婦女庭訓魂結び(大島真寿美) |
160回/2018年 | ニムロッド(上田岳弘) 1R1分34秒(町屋 良平) | 宝島(真藤順丈) |
159回/2018年 | 送り火(高橋弘希) | ファーストラヴ(島本理生) |
158回/2017年 | おらおらでひとりいぐも(若竹千佐子) 若竹千佐子(石井遊佳) | 銀河鉄道の父(門井慶喜) |
157回/2017年 | 影裏(沼田真佑) | 月の満ち欠け(佐藤正午) |
156回/2016年 | しんせかい(山下澄人) | 蜜蜂と遠雷(恩田陸) |
155回/2016年 | コンビニ人間(村田沙耶香) | 海の見える理髪店(荻原浩) |
154回/2015年 | 死んでいない者(滝口悠生) 異類婚姻譚(本谷有希子) | つまをめとらば(青山文平) |
153回/2015年 | スクラップ・アンド・ビルド(羽田圭介) 火花(又吉直樹) | 流(東山彰良) |
152回/2014年 | 九年前の祈り(小野正嗣) | サラバ!(西加奈子) |
151回/2014年 | 春の庭(柴崎友香) | 破門(黒川博行) |
毎年ニュースで大きく取り上げられるので、聞いたことのある作品や作家も多いのではないでしょうか。
2015年受賞の又吉直樹「火花」や2016年受賞の村田沙耶香「コンビニ人間」のときは、大きな反響を呼びました。
古典ばかり読んでないで最近の本も読まねば…!と思いつつも、ついつい古典ばかり読んでいる日々。
▼純文学についてまとめた他の記事は、こちら。
本屋大賞とはどうちがう?
芥川賞や直木賞同様に、メディアで大きく扱われる賞の1つに「本屋大賞」があります。
本屋大賞は書店員が「お客様にも薦めたい」「店で売りたい」と考える本に投票して決定するのが特徴です。
直近の受賞作品では凪良ゆうの「汝、星のごとく」が大賞に輝いており、一次投票では全国471書店の書店員615名が投票をおこないました。
本屋対象には「発掘部門」があるのもポイント。読み返しても面白い本や、時代を超えて残る本が選ばれます。
まとめ
「純文学」は芸術性、「大衆文学」は娯楽性やエンターテイメント性を重視するという違いがあります。
また、純文学を対象とした賞が「芥川賞」で、大衆文学(エンターテイメント作品)を対象とした賞が「直木賞」です。
「文学」と一括りにした場合には、詩・脚本・随筆など多くのジャンルを含んだ言語による芸術作品全般のことを指します。
純文学の初心者向けおすすめ作品は、高校の現代文で習った作品です。例えば、夏目漱石の「こころ」や芥川龍之介の「羅生門」などがあります。
「純文学と大衆文学の違いとは?」と気になった場合に、今回の記事を参考にしてください。
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